石田ゆうすけのエッセイ蔵

旅作家&エッセイスト、石田ゆうすけのブログです。


※親サイトの『7年半ぶっ通しチャリ世界一周』はパソコンを新しくしたためにストップしたままです。
近況報告や各種案内は、もうしばらく、当ブログにて行います。
ルーベンスの絵
ロンドンを離れ、ベルギーのアントワープに来た。
この町に14年来の友人がいる。
その友人の家族と共に、クリスマスを過ごそうという魂胆である。
3年半ぶりに会う友人は、いつもと同じように固い握手と笑顔で迎えてくれた。

さて、昨日、クリスマスイブのこと。
昼間、一人でアントワープの市街に行き、町をブラブラ散歩した。
高さ126mの大聖堂は、3年半前に見た時よりもはるかに大きく見えた。
先にも書いたが、日本で現実の生活を一年ほども過ごすと、感受性がすっかりフレッシュになり、何を見ても新鮮な驚きがある。

2ユーロを払って、大聖堂の中に入る。
中に飾られているステンドグラスや宗教絵画をつぶさに見てまわった後、ルーベンスの絵の前で足が止まった。
「キリスト降架」という絵である。
すさまじい引力だった。
縦3mほどのキャンパスからあふれて来る躍動感やドラマ性は、まわりに飾られている他の画家の作品たちとは一線を画していた。

しかしぼくが立ち止まったわけは、芸術的な要素だけではなかった。
十字架から下ろされているキリストの左下にブロンドの女性がいるのだが、その彼女に目が釘付けになったのだ。
「かわいい……」
観月ありさに似た、実に魅力的な女性だった。
うれいのある瞳、両側が引き締まったさくらんぼのような唇、柔らかそうな、ややぽっちゃりした体。。。
彼女は不思議な表情をしていた。処刑されたキリストを見上げ、悲しみに打ちひしがれたような、あるいは何かに困惑したような、しかしどこか笑っているような、捉えどころのない表情。
ぼくは文字通り、穴が開くほどその彼女を見つめた。
現実の女性(かつ、ほのかに恋心を寄せた女性)を見ている時となんら変わらなかった。

ぼくは絵の前にあるイスに座り、彼女をボケーッと見つめた。
それからさらにイスの上に寝転がって横になり、ボケーッと見つめた(日本人旅行者の評判をますます落とすので、真似しないで下さい)。
気がつけば、30分近くそうやっていた。

近くに、絵の説明をつづったパンフレットが設けられていた。
日本語訳もあったので読んでみると、その絵がまさしく「フランダースの犬」のネロ少年がずっと見たがっていた絵だということが分かった。
ネロ少年はクリスマスイブの夜にようやくこの絵を見ることができ、そして、絵の前で犬のパトラッシュとともに大往生したのだ。
ぼくは偶然にも同じ日にその絵を見ていたというわけである。

そこを出て、再び町を歩いた。
土産物屋を冷やかしたあと、夜のパーティの開始時間に合わせて帰ろうと、バス停に向かった。
しかし、最後にどうしてももう一度絵を見たくなった。
ぼくはきびすを返して再び大聖堂に向かった。

絵の前に来て、もういちど彼女を見つめた。
ふと、女性の頬に何かがついているのが見えた。
涙だった。
自分の目を疑った。
さっき、30分近くも見ていて、そこに涙があることを気づかなかったのである。


| |
クリスマスキャロル
一昨日、ロンドンを離れ、ケンブリッジの近くに住むイギリス人の友人の家を訪ねた。
友人はたいそう喜んでくれ、ぼくに家に泊まっていくよう勧めた。
そこは人口3千人の小さな村だった。

その夜、クリスマスキャロルというイベントが村であった。
友人の家族たちと一緒に見に出かけた。
暗い路地を抜け、村の中心にある広場に出た時、体が急に熱くなった。

村人たちが集まって聖歌を歌っていた。
クリスマスのデコレーションをほどこした古い家々が広場を取り囲んでいる。それらの家々の屋根の上には吸い込まれそうな闇があり、そこには無数の星が浮かんでいた。天の川もくっきりと見える。

聖歌を何曲か歌い終わると、ブラスバンドの演奏が止んだ。同時にみんながざわつき始めた。
一つの家の屋根にスポットライトが集まる。屋根の上にサンタクロースが現れる。拍手喝さいが起こる。
サンタクロースはトナカイ(の格好をした親父たち)に導かれて村の広場にやってくる。子供たちにお菓子をあげる。

ぼくは呆けたように、その光景に見とれていた。
頭の中でイメージしていたヨーロッパのクリスマスが、そのままの姿で、目の前で繰り広げられている。
映画の中にいるみたいで、まったく現実感がなかった。

ロウソクの光の中で、子供たちの笑顔が浮かんでいる。
両親たちの顔にも笑みがこぼれている。
みんなの口元から白い息が吐き出されている。
それら無数の白い蒸気は、厳寒の空気をいくらか温かくしているように見える。
8歳になる友人の息子が両手にお菓子を抱え、顔を輝かせながらぼくたちのところに戻ってきた。
| |
異世界と自分の変化
今回、ロンドンに来て、驚いたことがいくつかある。
一つは、自分自身の変化だ。

前回、ロンドンに来た時は7年半の旅の途中だった。
その時はこの町に殊更な目新しさを感じなかった。
中南米やアフリカを旅し、他のヨーロッパ諸国を見てきた後では、少なくとも、強烈にインパクトのある町ではなかった。
着いたその日から、当たり前の顔をして、町を歩いていたように思う。

ところが今回は、何もかもが新鮮で刺激的で、ことあるごとに日本との文化の違いを強く感じる始末である。

例えば、郵便局で長蛇の列ができていることに(その非効率さに)唖然とし、あらゆる店の販売員の無愛想さに理解しがたいものを覚える。
(この人たちはなぜこんなに怒っているのだろう?)

例えば、豪壮な教会や、古格あふれるアパート群に恍惚となる。その豪華さ、きらびやかさはぼくからますます現実感を奪う。

例えば、町を歩く人々の背丈の高さに驚く。175cmと、日本人としては決して小さいほうではない自分が、彼らの中に埋もれているように感じ、かすかな息苦しさを覚える。

これらの感覚は、100年前にここを訪れた漱石となんら変わらないのだろうと思った。彼のように、自分の肌の黄色いことを恥じ入ることはなかったけれど。

とにかく、ぼくは目を見開いてまわりをキョロキョロと眺めていた。
そして、そんな自分に気付いた時、一つの事実と向き合うこととなった。
7年半という旅で、いろんな世界を自分の中に取り入れた気でいた。
どこにでも馴染める自分をたくましく思ったりもした。
ところが旅を終え、日本で一年も暮らせば、すっかり自分は日本人になっていた。自分の中の世界はあっけなく縮小していたのだ。


余談になるが、上に書いたように、今回のロンドンではあらゆるお店の店員の無愛想さに異常なものを感じ、「何を怒っているのだろう?」と思ったのであるが、そういえば7年の旅を終えて日本に帰ったばかりのころ、あらゆるお店の店員たちの愛想のよさに、かなり不気味なものを感じたのであった。
「彼らは、なにを笑っているのだろう?」と。
| |
ロンドンのノスタルジー
ロンドンに来ている。
講演会をするためだ。
以前、ロンドンの日本語新聞「週刊ジャーニー」に旅エッセイを連載していた。その出版社の編集長が、ぼくの単行本の出版を記念し、講演会を企画してくれたのだ。感謝感謝。

3年半ぶりのロンドンは何も変わっていなかった。
ネオンがややうるさくなったようにも感じるが、それも気のせいかもしれない。
寒々しい空も、重厚な建物も、思い出の中にある情景と寸分違わぬまま、目の前に現れた。
そしてここに来て初めて「思い出」が記憶のかなり奥底のほうにしまわれていることに気づき、驚いた。3年半しか経っていないというのが信じられないくらいに、とてつもなく懐かしかったのだ。

深いノスタルジアに包まれながら、あることを思い出した。
7年半の旅を終え、初めて日本に帰った時のことだ。
あの時、自分の目に映る日本は、まったく懐かしくなかった。
7年半という時間が経っていることがまるで信じられないほど、懐かしくなかった。
言ってしまえば、昨日まで日本にいたような気分だった。ひどく拍子抜けのする思いだった。

旅は、非現実の空間である。夢の中の世界みたいなものだ。
旅を終え、日本という現実の世界に帰ってくる時、まさしく夢から覚めるような感覚を味わう。旅に出ていた時間は、幻のようになってしまう。
夢から覚めた時、現実の世界を見て懐かしく感じるはずがないように、旅を終えて日本に帰ってきても、懐かしいと感じるはずがない。
そこにあるのは「帰ってきてしまった」という虚無感だけだ。

逆に、今回のロンドンのように、旅に出て以前訪れたことのある地に立った時には不思議なノスタルジアに包まれる。
まるで、デ・ジャ・ヴのような、遠い記憶に触れる懐かしさだ。

旅先で訪れた場所に再訪し、なにかと再会した時、甘い思いがするのはある意味当然かもしれない。
旅は、夢の世界なのだから。

| |
★新刊が発売されました
『自転車お宝ラーメン紀行』 レトロな路地や古い喫茶店など都内の“お宝”を探索しつつ、昔ながらのラーメンを目指す大冒険(?)紀行です。産業編集センター刊。1100円+税。感想お待ちしています!→yusukeishida@hotmail.com
★dancyuウェブに連載中
食の雑誌「dancyu」のウェブサイトに「世界の〇〇〜記憶に残る異国の一皿〜」というアホな記事を書いています。→https://dancyu.jp/series/ikokunohitosara/index.html
CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< December 2003 >>
LINKS
PROFILE
RECOMMEND
行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 (幻冬舎文庫)
行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 (幻冬舎文庫) (JUGEMレビュー »)
石田 ゆうすけ
7年走って見つけた世界一の宝とは?
RECOMMEND
RECOMMEND
洗面器でヤギごはん (幻冬舎文庫)
洗面器でヤギごはん (幻冬舎文庫) (JUGEMレビュー »)
石田 ゆうすけ
食べ物ストーリーでつづる世界一周紀行
RECOMMEND
道の先まで行ってやれ! 自転車で、飲んで笑って、涙する旅 (幻冬舎文庫)
道の先まで行ってやれ! 自転車で、飲んで笑って、涙する旅 (幻冬舎文庫) (JUGEMレビュー »)
石田 ゆうすけ
ニッポン飲み食いハチャメチャ自転車紀行。文庫改訂版
RECOMMEND
地図を破って行ってやれ!  自転車で、食って笑って、涙する旅
地図を破って行ってやれ! 自転車で、食って笑って、涙する旅 (JUGEMレビュー »)
石田 ゆうすけ
日本紀行第2弾。東京、茨城、滋賀、屋久島、種子島、土佐、北海道、熊本、三陸…
RECOMMEND
大事なことは自転車が教えてくれた: 旅、冒険、出会い、そしてハプニング!
大事なことは自転車が教えてくれた: 旅、冒険、出会い、そしてハプニング! (JUGEMレビュー »)
石田 ゆうすけ
旅のハプニングやノウハウをつづった実用エッセイ
RECOMMEND
台湾自転車気儘旅 世界一屋台メシのうまい国へ
台湾自転車気儘旅 世界一屋台メシのうまい国へ (JUGEMレビュー »)
石田ゆうすけ
台湾一の感動メシを探せ! 初のフォトエッセイ
RECOMMEND
道の先まで行ってやれ!―自転車で、飲んで笑って、涙する旅
道の先まで行ってやれ!―自転車で、飲んで笑って、涙する旅 (JUGEMレビュー »)
石田 ゆうすけ
ニッポン飲み食いハチャメチャ自転車紀行
RECOMMEND
「勝ち論」 本気で仕事する24人からのメッセージ
「勝ち論」 本気で仕事する24人からのメッセージ (JUGEMレビュー »)

「本気で仕事する24人」にぼくが入っています(笑)。デカイこと言っています。
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode
SPONSORED LINKS