石田ゆうすけのエッセイ蔵

旅作家&エッセイスト、石田ゆうすけのブログです。


※親サイトの『7年半ぶっ通しチャリ世界一周』はパソコンを新しくしたためにストップしたままです。
近況報告や各種案内は、もうしばらく、当ブログにて行います。
1年の長さ
とうとう今年最後の日になりましたねぇ。
年を経るにつれ、1年という期間がどんどん短くなるように感じますが、とくに今年はあっという間でした。なんでかな? とちょっと不思議になります。今年は東京に引っ越したのに……。

普通、生活環境を変えたりすると、時間の流れがゆるくなりませんか?
成人してからいちばん長かった1年は世界旅行の初年度でした。出発から1年経ったとき、365日のどの日を振り返っても、何があったか、だいたい思い出すことができ、その内容の濃さに感動したものです。こんなに長い1年をこれから何度も繰り返せるんだ、と嬉しくなりました(ちなみに、その翌日にペルーで強盗に遭い、身ぐるみはがされたのだけど)。

ところが、旅の生活も時が経てば経つほど「体感時間」がどんどん短くなります。アフリカを走り終え、「日本に帰る旅」になってからの2年半はまさに矢のごとし。最初の1年よりもこの2年半のほうがはるかに短く感じられました。実際は2倍半の長さなのに。

このことを「人生」に置き換えると少し怖くなります。人生の折り返し地点を過ぎると、「体感時間」はもっともっと加速するんじゃないか、と。
それを食い止める方法を考えました。
折り返さなければいいんです(笑)。

折り返しポイントは、ある期間の中間地点を指すとは限らないと思うんです。すなわち人生80年としたら、必ずしも40歳が折り返しではない。
ぼくの旅でいえば、旅の期間の中間地点はヨーロッパを走り終えたころでした。しかしそれからが長かった。アフリカに入り、大陸南端の喜望峰をめざした1年3ヶ月は、再び時間がゆっくり流れました。

旅の時間が加速し出したのは、アフリカを終えて飛行機でロンドンに戻り、そこから日本に向かって走り始めてからです。
つまり、「期間」が問題なのではなく、「精神的」に折り返したときに、時間は速く進み出すのではないかと。

ではどうすればいいか。
折り返さないように、常に前に向えばいいんです(笑)。
常に新しい何かにチャレンジすることで(ごちゃごちゃ書いたわりには凡庸な結論だけど……)、新しい感性が働き、細胞が活性化する。感じることが多くなれば、1日1日が克明になる。

今年は仕事が充実しました。それについてはまったく申し分なく、関係者の皆さんや読者の皆さんに感謝の念が絶えません。
ただ、東京に拠点を移し、環境が変わったにもかかわらず1年が速く感じられたのは、チャレンジが少なかったからじゃないか、と今年を振り返ってみて思うのです。仕事の多くは過去の旅を書くことでした。書くこと自体が常にチャレンジであり、おもしろいのですが、自分自身の手ごたえとして、前にガシガシ進んでいく感じはどうしても薄れます。

来年は、アラスカを走り始めたころのように、みずみずしい気分でペダルをガシガシ踏んでいきたいと思います。そのための準備も少しずつ進めています。ま、その前に世界旅行の本をもう1冊出す予定ではありますが(笑)。

もうひとつ、今年のいちばんの心残りは、仕事にかまけて読書量が極端に落ちたこと。来年は読みます。目標100冊。ここに書くことで自分を鼓舞しています(笑)。

ではでは、みなさんよいお年をお迎えください。
来年もよろしくです。

| |
ヨドバシ商人
新しいパソコンを買いに新宿のヨドバシに行った。

前から目をつけていた日立のデスクトップの売り場に直行する。値札を見た瞬間、にやっとした。189,800円。2週間ほど前に見たときは199,800円だったのだ。これにポイントが10%つくから、実質は17万円とちょっと。そこへ愛想のいい店員さんがやってきた。
「これください」
という前に、ひさしぶりに例の言葉が自分の口から出た。
「これ、もう少し安くならない?」

旅先では挨拶のように言っていた台詞だ。口癖のようになっていたせいで、帰国したばかりのころ、デパートで同じことを言ってしまい、いっしょに歩いていた女性にひどく怒られた苦い経験がある。

店員さんは、うーんとうなったあと、
「きついですね。正直。これ、もう底値なんですよ」
と、本当にきつそうに言った。たしかに、パソコンの内容からするとずいぶん安く感じる。これ以上はさすがに無理か、と思いつつ、またも口が勝手に動いた。
「ポイントを増やすとかできないの?」
「いや、ほんとにもう、これが限界なんですぅ」
ま、いいか。じゃ、これください。頭ではそう言ったつもりが、ぼくの口から出た言葉は
「じゃ、もう少し考えてみます」
深い考えもなく、反射運動のようにそう言って立ち去ろうとした。そのとき店員さんの目が光った。
「じゃ、いくらになれば買います?」
ちょっと意外だった。店員がモロッコの土産屋オヤジに見えた。日本でもこの戦法――気のないそぶり&他をあたるよ戦法――が通じるのか。

ぼくは彼から電卓を借り、希望の金額よりかなり安い値段を打った。彼は「うーん、それはきついですね。これではどう?」と別の数字を打った。ぼくは笑いを必死でこらえながら買う気のない表情を維持し、再び別の数字を打つ。そんなやりとりがしばらく続き、結局、実質価格16万円ちょっとで決着。最後に何気なく言った「じゃ、もう少し考えてみます」の言葉が、フランス料理フルコース代を生み出したのであった。


<付録>
飛行場の免税店と家電量販店の値段、どっちが安いか気になりませんか? ぼくは気になります。
そこで先日、韓国に行く際、免税店でデジカメの値段をメモっておきました。パナソニックのルミックスFZ30というやつが71,200円。
で、昨日、「ビックカメラ」で同じ機種の値段を見てみると……70,700円。これにポイントが10%着くから、実質6万3千円ぐらい。量販店のほうがかなり割安なんですねえ。

| 生活 |
ぼくのパソコン
ノート型パソコンで原稿を書いている。
世界一周旅行から帰ってすぐに買ったパソコンだ。
和歌山の実家にゴールする直前に大阪のヨドバシで、「展示品」を15万円で買った。商品の内容を考えると破格に安い値段だったが、それまで中国のシルクロードを走りながら150円の宿に泊まり、30円のラーメンを食べ、30円のビールを飲む生活をしていたぼくにとってはまさに清水の舞台から飛び降りるような買い物だった。原稿料や印税でメシを食う、という安定要素ゼロの生活に飛び込む出資金のようなものだったわけだが、15万円という、ここしばらく見たこともなかった大金を店員に渡すときはやけにペシミスティックになり、「どうせ無用の長物になるんじゃねえの」とため息をついた。

でも、みなさんのご支持と、寛大な編集者のおかげでパソコンはぼくにとってなくてはならないものになりました。改めて感謝、です。

ということで、当初の予想とは裏腹にパソコンはかなりハードに使っている。ミクシィとかブログとかネットショッピングなどはしていない(オークションはちょっとだけした(笑)。ブログもそのうちするかも・・・)が、それでもほとんど1日中パソコンを起動させている。そのうえ出張のたびに持ち運んでいる。そんな生活を3年続けると、さすがにパソコンにガタが来た。アイポッドとパソコンをつなぎ、音楽を録音していると、10曲目ぐらいで「パシャーン!」とパソコンが落ちる。写真を高画像でスキャンしても途中で「パシャーン!」。

ぼくのようなハードユーザーにはやはり「展示品」はよくないのだ。何ヶ月も店頭で電源を入れっぱなし、客に触られっぱなしだったわけだから。
2年前にはすでに「バッドクラスター」が出た。ハードディスクに入った傷のことらしい。だから、いつ壊れてもいいように常にCDにデータを保存しながら、恐る恐る使ってきた。
講演ではパソコンを使ってスライドショーをするのだが、講演会場にこのオンボロパソコンを持っていき、電源を入れるときは心中、手を合わせている。見事起動したときはフィギュアスケートの村主章枝のように「神様ありがとう」とつぶやいている。

ということで、さすがに新しいのを買うことにした。

別にドラマチックな話でもないのに、長くなったし、これから飲みに行くのでので、つづく……。
| アイテム |
携帯いじり
先日、ソウルで地下鉄にのったとき「おや?」と思った。
携帯を見ている人が少ないのだ。
車内はけっこうな混み具合だが、ざっと見てふたりしか携帯をいじっていない。あとはイヤホンから音楽を聴いたり、本を読んでいたり、ただ立って揺られていたり。

それからは、電車に乗るたびにチェックしてみたが、やはり携帯をいじっている人は少なかった。これはちょっと意外だった。

韓国はインターネットの習慣が日本以上に進んでいる印象がある。ネットから情報を仕入れるのがかなり一般化しているので、書籍が売れないとも聞く。たしかにソウルの町を歩いていても本屋さんをあまり見かけない。韓国人の友人ナンくんにそのことを言うと、本自体をネット販売で買う人が多いからだろう、との返事。そのナンくんが韓国のネット上に出ているぼくの本の「レビュー」をプリントして見せてくれた。ちょっと驚いた。すごい数が集まっている(内容は好意的なものが多いようだ。よかった)。ネット社会の片鱗を見る思いだった。

ネットへの傾倒が強い社会では、人は携帯をチェックするのにも余念がない、というイメージをどこかに持っていた。でも、ちょっと違うのかもしれない。

3年前、世界旅行を終えて帰国したとき、電車の中で大勢の人が携帯をいじっている光景に「病的」なものを感じた。海外ではまず見られないシーンだ。もしかしたら今では他の国でもこの現象が出ているかもしれないが、韓国と比べる限り、日本の「携帯いじり」の様子は尋常ではない。

メールや情報収集など、いろんな用途で使われているのだろうが、底には共通したものが見える。何かとつながっていないと不安になる感覚。
「ブーム」の衰退が激しいのも日本の特徴だと思うが、その性質とどこか通じるような気がする。

という新鮮味のない結論を書いているぼくは、歩いているときでも携帯をいじっていたりするのだけど……。
| 社会 |
連載、ようやく完結!
日本農業新聞に連載中のエッセイ、『世界食紀行』の最終話を、昨日とうとう書き終えました! 気持ちいい!!

それにしても長い1年でした。日曜日以外の毎日でしたからねぇ。常に締め切りと格闘しているような状態でした。1日さぼれば翌日はとうぜん2日分書かなければならず、取材で1週間家をあけるときは1週間分まとめて仕上げてからでないと出られない――って、当たり前なんだけど、実際やってみると、計算上から想像する苦労とはまったく別の「重さ」がありました。

連載は今年の元日から始まり、本当は6月末で終わる予定だったんですが、読者の方からの問い合わせがたくさんあったようで、「番外編」という副題を入れて1ヶ月延長になりました。それが終わるころ、またも問い合わせがたくさん来たため、さらに5ヶ月延ばし、けっきょく今年の大晦日まで連載続行が決定。しかし幹部の方から「"番外編"を1ヶ月するのはわかるが、半年もするのはおかしい」という意見が出され、編集者とぼくは頭を抱えました。熟考した結果、1ヶ月の「番外編」を終えた後は「第2部」という副題を入れることに(どこが熟考や……)。

そんなすったもんだもありましたが、ようやくゴールテープを切りました。ぜんぶで305話。ひえぇ……。

ところでエッセイの文字数は約700。原稿用紙2枚弱です。
この中に物語の起承転結、および臨場感が出るような描写を入れ、旅行エッセイとしてまとめるのは、正直、大変でした。文字が少なければ少ないほど難しいんです。

ぼくが最初に仕事として、つまり原稿料をもらいながら書いたのが、ロンドンで発行されている日本語新聞『週刊ジャーニー』での連載エッセイです。そのときの文字数が1200〜1300。当時はこの量でもキツイと感じました。

『世界食紀行』はその約半分の量ですからね。最初は「無理だ」と思いました。でも、書いていくにつれ、文字数がシビアなぶん、どの言葉が有効でどの言葉が無効か、以前よりよく見えるようになってきた気がします。最終的には700文字でもそれほどフラストレーションを感じずに書けるようになりました。実りの大きい1年でした。

編集担当のKさん、たくさんの叱咤激励、ありがとうございました。
それと読者のみなさん、最後まで応援ありがとうございました。
| 生活 |
ソウルの本屋さんにて
韓国の出版社がぼくの本を翻訳して出版したいと言っている――。
という話を実業之日本社の担当から聞いたとき、嬉しくなるのと同時に不安もよぎった。
売れないんじゃないの? と。
折しもそのころ、「竹島の日」問題で韓国の反日運動が過熱し、日の丸の旗があちこちで燃やされている映像を毎日のようにニュースで見ていた。

ぼくの心配をよそに、韓国語訳の『行かずに死ねるか!』と『いちばん危険なトイレ〜』は今年の夏に出版された。おまけに本を購入した方300名に抽選で自転車が当たるというキャンペーンまでやった。かなり本気で売ってくれたようだ。

ところが、待てど暮らせど「重版になりました」という連絡が来ない。やっぱりダメだったんだ、と韓国の出版社さんに申し訳ない気持ちになった。

で、やはり気になるから、今回、ソウルに行ったとき本屋さんに行ってみた。
店の検索機でナンくんに探してもらうと、ぼくの本がきちんと画面に表示され、ほっとした。もうすでに売り場から消滅しているだろうと思っていたのだ。
指定された売り場に行ってみると、驚いたことにまだ「平積み」されている。思わず写真に撮ってしまった(笑)。
(ま、そこは紀伊国屋のような大型書店だったので、かなり多くの本が平台に積まれているんだけど)

ぼくの本の横には『LOVE&FREE』が積まれている。高橋歩という人の写真エッセイ集だ(詩集か?)。「ラブ&ピース」系メッセージを振りまく向きや相田みつを系が生理的にダメなぼくには苦手分野の本なんだけど、日本では何度も版を重ね、たしか10万部以上売れている大ヒット作である。近年の旅行本の中ではおそらく一番売れた本じゃないだろうか。
売り場を見渡してみると、他にも見覚えのある本が並んでいる。日本の本の翻訳は韓国ではけっこうポピュラーなようだ。

再び、自著『行かずに死ねるか!』に視線を戻し、1冊手にとった。パラパラめくり、大仰に笑うふりなどしたあと、いちおう最後のページの奥付をチェックしてみた。
「!!!」
4刷りになってる! 重版されとるやん!

「……著者、聞いてないぞ!」

急いで2作目を見てみると、これも3刷!
少しほっとした。どうやら韓国の出版社さんに迷惑はかけなかったようだ。
次にぼくの目は『LOVE&FREE』に注がれた。
それに手を伸ばし、奥付を見ると……。
にやりと笑ってしまった。
初版のままじゃないか。

ぼくは小さな男です。
| 著書について |
クリスマスデート
クリスマスイブですね!
ということで、これからデートしてきます!

お相手は同じく阿佐ヶ谷在住の変態チャリ詩人ツヨシ。
あ、「同じく」というのは「阿佐ヶ谷在住」だけにかかっています。
「変態」にはかかっていません。

デート場所は阿佐ヶ谷に燦然と輝く1等星、名曲喫茶『ヴィオロン』です。
クリスマスジャズコンサートがあるそうです。

はい。
けっきょくいつもと変わらない1日です。

100円ショップでクリスマスプレゼントでも買っていくか。
| 生活 |
クリスマスデート2
昨日はおもしろい夜でした。
名曲喫茶ヴィオロンでのクリスマスジャズコンサート。
堀尾茂雅さんのトランペットと木村秀子さんのピアノというデュオです。

彼らの演奏は以前にも聴いたのですが、堀尾さんのトランペットが優しい音で、ぼく好みなんですよねぇ。
うっとり聴いているとグラスの水が揺れているのに気づきました。隣のツヨシが貧乏ゆすりしているのかと思ったのですが、どうも違うようです。よく見ると、トランペットとピアノの音に同調して水が揺れているのです。大ホールでのコンサートや芝居もいいけど、こういう空間での音もやっぱりいいなぁ、と改めて思いました。

そのあと、なぜか奏者さんたちと飲みに行くことに(笑)。
堀尾さんの焼酎をがぶがぶ飲み、さらにもう1軒はしご。じつにおもしろい飲み会でした。アーティストの方たちは楽しいですね。

文筆家のくせに、なぜさっきから「おもしろい」とか「楽しい」という漠然とした表現しかできないかというと、何を話したのかほとんど覚えていないからです(笑)。昨日の酒はよくまわりました。

お開きになったあとはデート相手のツヨシの家に行き、クリスマスプレゼントの交換をしました。
ツヨシはキングコングのフィギュア(海洋堂作)をくれ、ぼくは賞味期限切れのレトルトカレーを3つあげました。
ツヨシがお茶を入れ、「語り」に入ろうとしたところで、ぼくはコタツの中で寝ていましたとさ。
| 生活 |
エイの刺身
「世界三大くさい食べもの」というのがあるらしい。
ひとつはスウェーデンの「シュールストレンミング」。これは発酵したニシンの缶詰。
もうひとつはイヌイットたちの料理「キビャック」。
ひと言でいえば発酵したツバメのことだが(厳密にはツバメの一種)、これはかなり凄まじいのでちょっとだけ説明しよう。肉と内臓を取り除いたアザラシの中にツバメを100匹前後入れて土に埋め、半年〜3年間寝かせてできあがり。食べるときはツバメの肛門に口をあて、手で胴体を絞ってどろどろに溶けた黒い内臓を吸いだす。かの植村直己は「なんともいえないうまさだ」と著書の中で語っている。
そして、最後のひとつは韓国の「ホンオフェ」。
発酵したエイの刺身である。一説には「キビャック」の5倍臭いとのこと。この料理を、今回の韓国旅行で食べる機会に恵まれた。

韓国のある企業の方たちに招かれた席でのことだ。
「最高のもてなしをします」とメールで連絡を受けていたので期待に胸をふくらませていると、各種料理に交じってきれいな白身の刺身が出てきた。見るからにうまそうだが、それがホンオフェだった。
「これは結婚式のときなどに出す特別な料理です」
と言いながら、目の前のリーさんがひと切れをキムチにはさんで口に入れた。平然と咀嚼(そしゃく)している。と思ったら、急に口元に手をやり、「うぅ」とうなりながら目をつぶってまゆをしかめた。ぼくは固まってしまった。地元の人がそんなリアクションをしていいのか?
場にいた5人も次々に箸をつけていったが、口に入れて数秒後には全員が顔をしかめ、リーさんと同じ反応を見せた。聞くと、みんな食べるのは初めてらしい。

かなりビビってしまったが、ぼくも食べないわけにはいかなかった。
言われたとおり、キムチと豚肉ではさみ、口に放り込む。キムチの味しかしない。やけくそ気味にかんでいく。じわじわ腐臭がしてきたと思ったら、「ブワッ!」と強烈なアンモニア臭が口から鼻に抜けた。同時に涙がこぼれ、口の中のものをすべて「ブハーッ」と前方10メートルぐらいまで吐き出しそうになったが、手で口を押さえ、涙を流しながら必死で耐えた。これは食い物なのか? と思った。小便のニオイそのものではないか。いや、飲んだことはないが、小便のほうが絶対マシだ。
悪臭を消すために一刻も早く呑み込もうとするのだが、それがなかなかできない。刺身に骨が入っているので、鶏の軟骨みたいにコリコリしているのだ。かむほどにアンモニア臭が口内に広がる。鼻からの呼吸を止めるが、それでもピリピリした刺激が鼻や口からあふれ出してくる。最後は鍋用の豆腐を箸で刺して口に放り込み、口の中をごちゃまぜにして必死で呑み込んだ。ごくり。
「ひやぁ、うまいですねー!」

……とは、さすがに言えなかった。

不思議なものだが、キムチで巻いてしばらく置いておくと、アンモニア臭はずいぶんおさまった。ふた口目は「悪くないじゃないか」と思った。
こうして食べ続けていくうちに、気がつけば病み付きになっているのだろうか……?
| グルメ |
家庭のキムチ
ソウルに着いて何よりびっくりしたのはその寒さだ。
バッグにつけた温度計を見ると、マイナス10度。しかも猛烈な風。しばらく町を歩いていると、鼻や耳がちぎれそうなほど痛くなる。凍傷になるんじゃないかと少し恐ろしくなった。

それだけに、韓国に着いて最初に食べた「もやしスープ」は異様にうまかった。石の鍋に入ってぐつぐつ煮立った「もやしスープ」に、キムチ、カクテキ、イカのコチュジャン漬け(?)などを自分で入れてスプーンでかきまぜ、すする。熱さと辛さが体をポカポカにしてくれる。韓国で辛いものが好まれるのはこの寒さが一因じゃないだろうか、と思ってしまった。


ナンくんの母親の「韓国一うまいキムチ」を食べに、「ドライペニーズ」のメンバー、ジュン、タケシ、そしてぼくの3人で韓国に行った。
2泊つき29800円という激安ツアーに申し込んだため、ソウルに着いてホテルにチェックインしたのは明け方の4時半だった。それから町を歩き、もやしスープを飲み、部屋に再び戻ったのは約1時間半後の6時過ぎ。さすがに3人ともぐったりし、10時過ぎまで寝ていた。ナンくんとは11時に合流。
「俺たち寝たの6時すぎだぜ」
とぼやくと、ナンくんはこんなことを言う。
「ぼくも寝たのは5時です。楽しみで寝られなかったんです」
彼が「日韓縦断チャリ旅行」という酔狂なことをしたのも、なんとなくわかる気がする。

あちこち観光したあと、暗くなってからナンくんの家に行った。
部屋に入ると足の裏が暖かい。マンションにもかかわらず、床は「オンドル(床暖房)」になっている。古い家だけにあるものだと思っていたが、オンドルは韓国のほとんどの家についている、ということだ。

家族の方たちはぼくたちを温かく迎えてくれた。
晩飯にはすごいご馳走が出て、どれも最高にうまかったがここでは割愛しよう。
問題は例のキムチである。
見た目はずいぶんと赤味が薄い。ひとつまみ口に入れてみると、店で食べるのとは明らかに味が違った。辛味が少ない代わり味がしっかりついている。「アミ」の香味が強く、かむほどに味が出てくる感じ。それゆえ、白菜の白くて肉厚のところがうまい。かむと旨味がじゅわっと染み出してくる。強引な比喩を用いるなら、鮮やかな黄色をした市販の「タクアン」と、黄土色に近くてしわだらけの「田舎漬け」の差、といえばいいか。これを食べていると、市販のキムチは辛さで味をごまかしているんじゃないかとさえ思えてくる。聞いてみると、化学調味料は使っていないとのことだ。ナンくんに勧められるがまま、豚の3枚肉を焼き、冷たいキムチにのせて食べた。ご飯が止まらない。だめだ、書いていてつばが出てきた(笑)。
辛くないのはキムチだけではなかった。というより、テーブルに並べられた何種類もの料理の中で、唐辛子を使ったものはキムチだけだった。

秋がキムチを漬ける最盛期らしい。そのとき白菜を何個漬けるのか聞いてみると、20個という返事。秋以外はだいたい月に2個ずつ漬けるというから、1年で40個近くということになるか。ちなみにナンくんのところはおばあさんと兄弟を入れて6人家族。

これら大量のキムチをどこに漬けて保存しておくのか? 見せてもらうと、なんと「キムチ冷蔵庫」なるものがあった。アイスクリームの冷凍庫のような上蓋式のやつで、容量は97リットル。これでも小さめらしい。170リットルのものを持つ家庭も少なくないそうだ。

韓国のイケメンサッカー選手、アンジョンファンはイタリアのセリエAに呼ばれたとき、キムチがなくて調子が悪かったという。しかしローマで韓国食材店を見つけ、キムチを食べ始めてから絶好調になったとか。

その話はジョークでもなんでもなく、真実だったのだろうと今では思う。
| グルメ |
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