2006.06.30 Friday
世界と自分、そしてガザ侵攻
帰国してから1、2年は新聞の国際面を熱心に読んでいた。
世界で起こっていることは現実のものとして感じていた。自分が住む世界とおなじ場所で、人々が理不尽な侵攻を受け、難民になり、たくさんの人が死んでいるのを考えた。戦場でぼくに石の投げ方を教えてくれたパレスチナ人の少年のことを考え、もしかしたら彼はもうこの世にいないかもしれない、と思った。
帰国してから3年半が過ぎた。
ここ最近、新聞をじっくり読むこともできなくなってきた。
パソコンに向かって仕事に追われている。締め切りに追われている。そのくせスポーツ欄だけはチェックしている。
自分が世界から遠ざかりつつあるのを感じる。いま、自分の世界は東京のこの部屋とそのまわりの小さな環境だけだ。これじゃだめだ、と思いつつ、日々の仕事をこなすことで頭が一杯。とにかく、3作目の本ができれば、少しは楽になって、ほかのいろんなことに目を向けられるだろう。そう言い訳しつつ、エゴイスティックな時間を過ごしている。
イスラエルがまたガザ地区に侵攻した。
パレスチナ側のハマスがイスラエル兵を拉致したからだという。その前に、民間人を殺したのはどっちだ?
回避するわずかなチャンスはあったのに、またも同じことが繰り返される。
ため息が出る。
だけど、現実感が以前よりはるかに薄れている。ため息は出るが、正直、いま自分がなにを書いているのかよくわからないところがある。いや、もっとひどいことには、この事件から自分がなにを書きたいのかが、ぼやけている。でもこうして書くことで、世界に自分をつなぎとめようとしている。
世界で起こっていることは現実のものとして感じていた。自分が住む世界とおなじ場所で、人々が理不尽な侵攻を受け、難民になり、たくさんの人が死んでいるのを考えた。戦場でぼくに石の投げ方を教えてくれたパレスチナ人の少年のことを考え、もしかしたら彼はもうこの世にいないかもしれない、と思った。
帰国してから3年半が過ぎた。
ここ最近、新聞をじっくり読むこともできなくなってきた。
パソコンに向かって仕事に追われている。締め切りに追われている。そのくせスポーツ欄だけはチェックしている。
自分が世界から遠ざかりつつあるのを感じる。いま、自分の世界は東京のこの部屋とそのまわりの小さな環境だけだ。これじゃだめだ、と思いつつ、日々の仕事をこなすことで頭が一杯。とにかく、3作目の本ができれば、少しは楽になって、ほかのいろんなことに目を向けられるだろう。そう言い訳しつつ、エゴイスティックな時間を過ごしている。
イスラエルがまたガザ地区に侵攻した。
パレスチナ側のハマスがイスラエル兵を拉致したからだという。その前に、民間人を殺したのはどっちだ?
回避するわずかなチャンスはあったのに、またも同じことが繰り返される。
ため息が出る。
だけど、現実感が以前よりはるかに薄れている。ため息は出るが、正直、いま自分がなにを書いているのかよくわからないところがある。いや、もっとひどいことには、この事件から自分がなにを書きたいのかが、ぼやけている。でもこうして書くことで、世界に自分をつなぎとめようとしている。