2008.09.30 Tuesday
あまりに巨大なヒジキ
ヒジキの煮物が好きで、いつも大量に作る。
これを冷蔵庫で保存し、食事のたびに少量ずつ小鉢に入れて出す。その横に主菜と味噌汁を置けば、一汁二菜の幸せ食卓がいっちょあがり、である。
ところで、先日、講演で秋田に3日いたのだが、そこでたくさんのごちそうをいただいた。
(Kさん、ありがとうございました)
分不相応なものをたっぷり味わったおかげで、ぼくの舌はぶよぶよとだらしなく肥えてしまった。それを引き締めるためには清貧な味が必要だ。ぼくは秋田から帰ったその日にヒジキの煮物を鍋いっぱい作った。
で、この料理は当然、冷まして食べるほうがうまい。
しかしこのヒジキが完成した時点で、晩飯予定の午後8時まであと30分という状況だった。これだけ大量のヒジキが30分で冷めるはずがない。どうすればいいだろう。
そのとき、
「ビカッ!」
と、脳天に稲妻が落ち、目の覚めるようなアイデアが降りてきた。
ぼくはヒジキを小鉢にとり、窓から外に出ている小さなベランダ(というか手すり)に置いた。するとヒジキから白い湯気が上がり、それが夜風にゆらゆらとなびき始めた。ふふ。これなら30分で冷めるはずだ。俺すっげ頭いい。
さて、主菜の「鶏のチリソース炒め」を玄関先キッチンでつくり、ご飯を盛り、味噌汁を椀に入れ、ワクワクしながら食卓へ。窓をガラリと開けて、暗闇に手を伸ばし、ヒジキの小鉢をとりあげた。ヒジキはうまそうに黒光りしている。
「…………?」
ヒジキにしては、光りすぎだ。
気のせいか色も変である。黒いのは黒いのだが、かすかに茶色がかっているように見える。
それより、絶対におかしいと思うのは、その形である。ヒジキというのは、ふつうは縮れ毛のように細いもの。
なのに、なぜ、俺の目の前にある小鉢のヒジキはこんなに大きくふくらんでいるんだろうう? 幅が3センチぐらいあるじゃないか。
「…………」
それは、ここ数年に見た中では最も大きいと思われる、生きたゴキブリだった。
言っておくが、ぼくの部屋は、散らかっているが、まあまあ清潔である。それにゴキブリ退治では最高峰と思える高級「コンバット」を置いている。話はそれるが、これの効き目は本当にすごい。置いてからは2年ほどはまったく彼らを見なくなった。
しかし、去年はとうとう2度ほど小さなやつが現れた。そして4年目の今年は、1か月に1度ぐらいだが、ちょくちょく、やはり小さなやつを見かけるようになった。彼らもしだいに抵抗力をつけてきているようだ。
そこで、コンバットに加え、アースから出ているコンクとかいうホウ酸団子を置いてみた。すると再び、彼らは姿を消した。『眼下の敵』なみの頭脳戦である。
話を戻そう。
とにかく、ぼくの部屋でごくごくたまに彼らが出たとしても、豆粒のような小さなやつばかりで、大きいやつはここ数年、一度も見たことがなかったのだ。つまり、小鉢のヒジキの上にのっかっている巨大なやつは、ぼくの部屋にいたやつではなく、窓の外に置いたヒジキの芳香に誘われ、外からやってきたやつ、ということにほぼ間違いなさそうである。
いやあ、わかってよかったよかった。
って、ちっともよくない。
……以上の思索を、ぼくは瞬時に行ない、目にもとまらぬ早業で小鉢に思いっきり息を吹きかけた。巨大ゴキブリは小鉢の中からブハッと吹き上がり、窓の外に向かって落下していった。と思ったら、窓枠にしがみついた。まるで『エイリアン』のラストシーンで、宇宙船の排出口にしがみつくエイリアンのようだった。ピーパーピーパー、チャーチャン、チャーチャン、チャーチャン、とサイレン音とあのサントラが流れ出し、ぼくはひとりで戦うシガニーウィーバーのような気分で新聞をとりあげ、「落ちろ、落ちろ!」と相手を払った。彼はたまりかねてついに落下し、羽を開く間がなかったのか、1階の窓の屋根に「ドン」と衝突。その音の凄まじさから、敵の大きさをあらためて知り、同時に平和がやってきたことをしみじみと実感したのである。終わり。
いや、まだ終わっていない。
ぼくは小鉢のなかのヒジキを見つめた。
さっきまでエイリアンが這い回っていた、ヒジキだ。
これを食うか、食わざるか……。
おそるおそる、黒いヒジキに箸をつける。
「ドビュッ」
ヒジキが爆発したように飛び散り、その中から、2匹目のやつがシャーッと牙をむき出して、ぼくの顔に飛びかかってきた。
つづく。
(※最後の段落だけフィクションです)
これを冷蔵庫で保存し、食事のたびに少量ずつ小鉢に入れて出す。その横に主菜と味噌汁を置けば、一汁二菜の幸せ食卓がいっちょあがり、である。
ところで、先日、講演で秋田に3日いたのだが、そこでたくさんのごちそうをいただいた。
(Kさん、ありがとうございました)
分不相応なものをたっぷり味わったおかげで、ぼくの舌はぶよぶよとだらしなく肥えてしまった。それを引き締めるためには清貧な味が必要だ。ぼくは秋田から帰ったその日にヒジキの煮物を鍋いっぱい作った。
で、この料理は当然、冷まして食べるほうがうまい。
しかしこのヒジキが完成した時点で、晩飯予定の午後8時まであと30分という状況だった。これだけ大量のヒジキが30分で冷めるはずがない。どうすればいいだろう。
そのとき、
「ビカッ!」
と、脳天に稲妻が落ち、目の覚めるようなアイデアが降りてきた。
ぼくはヒジキを小鉢にとり、窓から外に出ている小さなベランダ(というか手すり)に置いた。するとヒジキから白い湯気が上がり、それが夜風にゆらゆらとなびき始めた。ふふ。これなら30分で冷めるはずだ。俺すっげ頭いい。
さて、主菜の「鶏のチリソース炒め」を玄関先キッチンでつくり、ご飯を盛り、味噌汁を椀に入れ、ワクワクしながら食卓へ。窓をガラリと開けて、暗闇に手を伸ばし、ヒジキの小鉢をとりあげた。ヒジキはうまそうに黒光りしている。
「…………?」
ヒジキにしては、光りすぎだ。
気のせいか色も変である。黒いのは黒いのだが、かすかに茶色がかっているように見える。
それより、絶対におかしいと思うのは、その形である。ヒジキというのは、ふつうは縮れ毛のように細いもの。
なのに、なぜ、俺の目の前にある小鉢のヒジキはこんなに大きくふくらんでいるんだろうう? 幅が3センチぐらいあるじゃないか。
「…………」
それは、ここ数年に見た中では最も大きいと思われる、生きたゴキブリだった。
言っておくが、ぼくの部屋は、散らかっているが、まあまあ清潔である。それにゴキブリ退治では最高峰と思える高級「コンバット」を置いている。話はそれるが、これの効き目は本当にすごい。置いてからは2年ほどはまったく彼らを見なくなった。
しかし、去年はとうとう2度ほど小さなやつが現れた。そして4年目の今年は、1か月に1度ぐらいだが、ちょくちょく、やはり小さなやつを見かけるようになった。彼らもしだいに抵抗力をつけてきているようだ。
そこで、コンバットに加え、アースから出ているコンクとかいうホウ酸団子を置いてみた。すると再び、彼らは姿を消した。『眼下の敵』なみの頭脳戦である。
話を戻そう。
とにかく、ぼくの部屋でごくごくたまに彼らが出たとしても、豆粒のような小さなやつばかりで、大きいやつはここ数年、一度も見たことがなかったのだ。つまり、小鉢のヒジキの上にのっかっている巨大なやつは、ぼくの部屋にいたやつではなく、窓の外に置いたヒジキの芳香に誘われ、外からやってきたやつ、ということにほぼ間違いなさそうである。
いやあ、わかってよかったよかった。
って、ちっともよくない。
……以上の思索を、ぼくは瞬時に行ない、目にもとまらぬ早業で小鉢に思いっきり息を吹きかけた。巨大ゴキブリは小鉢の中からブハッと吹き上がり、窓の外に向かって落下していった。と思ったら、窓枠にしがみついた。まるで『エイリアン』のラストシーンで、宇宙船の排出口にしがみつくエイリアンのようだった。ピーパーピーパー、チャーチャン、チャーチャン、チャーチャン、とサイレン音とあのサントラが流れ出し、ぼくはひとりで戦うシガニーウィーバーのような気分で新聞をとりあげ、「落ちろ、落ちろ!」と相手を払った。彼はたまりかねてついに落下し、羽を開く間がなかったのか、1階の窓の屋根に「ドン」と衝突。その音の凄まじさから、敵の大きさをあらためて知り、同時に平和がやってきたことをしみじみと実感したのである。終わり。
いや、まだ終わっていない。
ぼくは小鉢のなかのヒジキを見つめた。
さっきまでエイリアンが這い回っていた、ヒジキだ。
これを食うか、食わざるか……。
おそるおそる、黒いヒジキに箸をつける。
「ドビュッ」
ヒジキが爆発したように飛び散り、その中から、2匹目のやつがシャーッと牙をむき出して、ぼくの顔に飛びかかってきた。
つづく。
(※最後の段落だけフィクションです)