県人会、というわけじゃないけど、和歌山出身の飲み助が集まって飲んだ。
そこに和歌山で最大の市の市長がやってきた。
つまり県知事の次に和歌山で偉い人だ。
ま、これは首相が日本で一番偉いという論法と同じだが。
で、権力と肩書きに弱い小物の中の小物ことワタクシは、急に緊張し、グラスを持つ手もガタガタ震えたのだが、数分後には、「市長、それは違う!」とSPに撃たれるような発言をしていたのだった。
なんについて市長にダメ出しをしていたかというと、太田裕美について。
市長は芸能関係にめっぽう強い、というか、非常にお好きらしくて、なんとブログも芸能ネタ三昧なのである。
で、アイフォーンでそのブログを見せてもらったのだが、ちょうど太田裕美の記事を書かれていらっしゃった。市長も裕美のファンらしい。そこで僕は前のめりになり、市長と熱く語り、自論をぶちまけ、まわりがドン引きしているのも構わず、あまつさえ裕美の生家を探し当てた自慢さえしたのである。市長も目を輝かせて聞いてくれた。
うーん、近年まれにみる素晴らしい市長だ。
永遠に支持する!
やった!
ついに終わった!
『洗面器でヤギごはん』文庫改訂版、とうとうすべて終わりました(著者のすべき分は)。
はあ、うっとり。
いや長かった。
例によって全文書き直したわけですが、今回はそれだけじゃありません。
大・増・量!
単行本は全73話だったんですが、これに20話追加! くわえて、本全体のバランスを整えるために、単行本から2話削ったので、結局全部で、ちょうど91話! やった! 素数! なんて気持ち悪い数字なんだ! やっほう!……と思ったら、素数ですらなかった。7×13で91になるのでした。ますますなんて中途半端な数字なんだ! この座り心地の悪さったらない!
考えてみると、単行本の73話、こちらは紛れもなく素数でした。べつに狙っているわけじゃないですが…。
今回はいつもと違う姿勢で書きました。
これまでは「俺ごときの本など大量に読んでもらうのは申し訳ない」という気持ちがどこかにあるゆえ、できるだけコンパクトにしようと、文章やエピソードをそぎ落とすだけそぎ落としていたのですが、今回は〈世界9万5000キロ自転車ひとり旅〉シリーズとしては最後やねんから――とちょっとワガママに自分本位で書いてやろう、と思ったのです。
その結果がこの大・増・量。
ただし、草稿の段階ではもっとたくさんの話があり、京極夏彦レベルの本になりそうだったので、結局そこから話も言葉もそぎ落とすだけそぎ落とす、といういつもの作業にはなったのですが(それでも僕の本の中では文字量がいちばん多いです)。
でもやっぱ食べ物は書いていて楽しいですねえ。
考えてみると、いちおう自転車旅行の本でもあるんですが、自転車そのものに関する記述が1行もない…。
ま、僕の本はすべてそうなんですが(笑)。
あ、単行本未読の方に本の内容を紹介しますと、食べ物のエピソードでつづった自転車世界一周記です。といっても食べ物の紹介というよりはドラマを書いています。食べ物を切り口にしたショートショートといった感じでしょうか。
で、シリーズ2作目の『いちばん危険なトイレといちばんの星空』ではあえて時系列を崩し、どこからでも読めるように書いていますが(ま、“いろんな世界一”という本のコンセプト上、そうなるのは当然なんですが)、今回は1作目の『行かずに死ねるか!』同様、時系列になっています。ビクビクしながら出発し、それからあちこちで様々な出会いを繰り返したあと、7年ぶりに日本に帰ってきて、どんな思いで日本食を口に入れたか……。
いや、いいのができたと思います。
ということで、発売は7月10日。これまでどおり幻冬舎文庫から。
値段はまだ未定ですが、これまでよりページ数が多いから多少高くなるかと。
でも定食1食分の料金で世界の食事を味わえるのだから安いもんだ!(笑)
というわけで4649!
さ、やっと終わった! 羽根をのばすぞ! というわけにはいかず、これからダンチュウでカレーの取材に行ってきまーす(笑)
これまでにも書いてきたが、最近引っ越しをした。
といっても、前の部屋から徒歩3分ぐらいのとこなんだけど。
前のアパートは隣人とも家族のように仲良くやって、最高の環境だったのに、なぜ引っ越しをしたか、といえば、いろんな理由があるのだが、そのひとつは、ある怪人からの来襲をさけるためだ。
その怪人は、プライバシーというものを基本的に理解していないところがあって、いつもアポなしで突然部屋に押しかけてくる。さらにはノックもせずに勝手にドアを開け、いきなり部屋に飛び込んできたかと思うと、ゴロンと横になる(ま、普段から鍵をしない僕にも問題はあるのかもしれないが。さらにいえば、僕もプライバシーというものをじつはよくわかっておらず、新居に越してからも、カーテンを全開にして町を眺めながら執筆している。もちろん通行人から丸見えである)。
というわけで、その怪人に内緒で引っ越しし、「ああ、これで吾輩にも平和な暮らしが訪れた」と思っていたら、引っ越しして3週間あまりが過ぎた昨日、部屋で原稿を書いていたら「ピンポン」が鳴った。
なんだか変な鳴り方だった。
チャイムのボタンを長く押してから離したみたいに、「ピン………ポン」と。
「……ま、まさか」
おそるおそるドアを開けると、
「あははははははははは! 遅くなりました!」
と耳をつんざくバカ笑いに大声、そして許可していないのに、ズカズカ上がってきて、部屋にゴロンと横になった、その男。
「あー、ここも落ち着くなあ!」
「帰ってください」
「あはははははははははは!」
笛吹きの想くんである。
“平和な暮らし”は1ヵ月ともたなかった。
しかしインドに笛留学をしている想くんがなぜここに?
聞けば、ビザ延長をするべく一時帰国したらしい。
いつ帰国したのか聞くと、先月末、僕がちょうど引っ越しをしたころだった。
「ゆうすけさん、ひどいなー。僕、前のアパ―トに5回行きましたよ。いつ行ってもいないから大家さんの家まで訪ねちゃいました。そしたら引っ越ししたって」
今日はナナちゃんも一緒だった。
スピードスケートのオリンピック候補という経歴を経たあと、旅をしてエロ漫画家になってタブロイド紙に連載して、現在は農業をしながら家具の修理業をやり、同時にストーリー漫画を描くべく構想を練っている、という想くんに負けず劣らず笑い声の大きな女子だ。彼女と想くんと僕は、パキスタンの山奥で夜中にUFOを呼ぶ儀式をした、という熱い絆で結ばれている。
そういえば、数日前にナナちゃんから「野菜送るんで新住所教えろ!」というメールをもらったので、ここの住所を送っていたのだった。はかられた。想くんとグルだったのだ。
じつは今、ブログを書いている場合か! というぐらい時間的な余裕がないのだけど、そんなわけで、昨日の午後は完全にこの2人に邪魔されてしまった。
でもま、腹が痛くなるぐらい笑ったからよしとしよう。
で、神様の想くんは来るたびに名言を吐いていくのだが、今日はこんな言葉。
僕とナナちゃんが何かの話で盛り上がっていると、想くんが会話に無理やりまじってきた。
でもあまりにもアホな発言だったので、走っている車に飛び込んで跳ねられたみたいに、想くんは僕ら2人からはじき出された。
その自滅っぷりがおもしろかったので、「いま、一瞬でつまみ出されたな」と言うと、想くんはこう言うのである。
「そんなの怖がっていたら生きていけませんよー! 自分を虫けら以下だと思わなくちゃー!」
相変わらず、衰えることを知らない神である。
でも……早く次の引っ越し先を探さなくては。
静かな暮らしのために。
自転車専門誌「サイクルスポーツ」に「私の自転車事始め」というコーナーがあるのだが、今月は僕がそれを書いている。
なぜ自転車をのるようになったか。そのときどうだったか。そしてそれからどんな思いや出来事があって、ここまで歩んできたか。そういったことを書いている。
で、ここに日本一周したときの19歳の僕の写真も載っている。
前に当ブログにも書いたが、まったく女性にモテないのを、「女嫌い」「硬派」という言葉でごまかしつつ、でもほんとはなんとかしてモテたい、と必死だったころの自分である(モテないのは今も相変わらずだが)。だから自意識過剰アリアリの痛い様子で写っている。よかったら笑ってください。P188。
小沢カオルさんという漫画家がいる。
レポート漫画の傑作、『あやしい取材に逝ってきました』の作者だ。
樹海探検、虫食い、メイド喫茶など、カルトなジャンルに飛び込んで体験し、それをはちゃめちゃな漫画でレポートしている。
読ませてもらったが、腹を抱えて笑った。
その小沢さんとひょんなことで知り合い、メル友になった。
わ、「メル友」やって。
こんな言葉使う自分が気色悪い…。
もとい。
小沢さんは現在ウェブマガジンに連載されているのだが、その最新号に僕が出ている。1コマだけだが。
でもよかったらぜひ。
こちらから→東京23区女ひとり風呂
銭湯をめぐってレポートされています。
僕が登場するのは、「第11話・なみのゆ&激ウマ焼き鳥編」。
そう、当ブログにもちょくちょく書いている「世界一の焼き鳥屋」がここでカミングアウトされています(笑)。
わ、「カミングアウト」やて。
また気色悪い言葉使ってもうた。
金環日食の興奮がなんだかいまだ冷めやらず。体の奥でずっとくすぶり続けています。
なんか、よかったな。
18年後のもがぜん見たくなったな。
北海道だし、行こうかな。
でもそのころ俺、どんなふうになっているんだろうな。
下ネタとか書いて喜んでいる歳じゃないよな(今もすでにな)。
皆既日食も見たいなあ。
で、順序が逆になったけど、能登の旅。
やっぱ魚ウメー!
それにいろんな珍事件(?)もあって、おもしろい旅になりました。
なかでも強烈だったのが西岸駅。
七尾線というローカル線の無人駅です。ボロい木造駅舎に惹かれて自転車をとめ、立ち寄ってみると、駅舎の中はガランとして……のはずが人だらけ! なんでやねん!
しかも独特な人たちばかり……ま、ひと言でいえばオタク。
勇を鼓して話しかけてみると、『花咲くいろは』というアニメの舞台のモデルになった駅だそうで、いまや「オタクの聖地」となっているのだとか。
彼らはいやに親切で、微に入り細をうがった説明を熱心にしてくれました。
「ボクたちのこの世界はとても楽しいから君もおいでよ〜」と言われているようで、僕は笑顔で相槌を打ちながら、内心フルパワーで首を横に振り、「違う、俺は違うんだあああ!」と叫んでいたのでした。
ここ数日、能登を取材で旅していた。
で、東京帰着が昨日になるか、今日になるかが微妙だったので天気で決めようと思っていた。
つまり、金環日食の今日は、晴れやすそうなほうで過ごそうと思ったのだ。
んで、天気予報を見ていると、どうやら能登のほうが天気はよさそうである。自宅に帰っても、東京の予報は曇りなので、日食は見られないかもしれない。
じゃ、急いで旅をすることもあらへんわ、ということで、「えがらまんじゅう」を食べながら輪島の朝市をじっくり冷やかしたり、永井豪記念館でエッチな漫画をじっくり見たり、とのんびりムードで旅していた。
ところが、3日前だったか、旅館で風呂に入ったあと、テレビのニュースをパチッとつけると、“金環日食地帯”を日本地図上に示した図が映し出された。それを何気なく見ていると、、、
「きゃああああああっ!!!」
能登、金環日食にならへんやん!
ということで、残りの日程を全力で駆け抜け、昨日の夜に東京に帰ってきた。
で、今朝。天気予報がアレだっただけに、あまり期待していなかったのだけど、それでも興奮していたせいか、5時半に目が覚めた。
で、窓の外を見ると、すわ、晴れとるやん!
慌てて双眼鏡に日食グラス(ビーパルの付録)をテープで貼りつけた。で、部屋から観測。
引っ越ししたのは、じつはこのためなのだ(笑)。
わが新居は東南角で2階で、窓だらけで、近くには3階以上のビルがなく視界良好、と観測には最高の条件なのである。実際、窓の真正面に太陽が浮かんでいた。リビングの座椅子に深々と座り、じっくりと天体ショーを楽しんだ。
二枚のカードが重なるように、太陽が月に隠されていく。そして、ゆっくりと、金のリング。写真では何度も見たけど、これほどとは。膝が震えた。双眼鏡で見ているせいもあったとは思うが、そのショーは“すぐそこ”で行われているように見えた。宇宙がすぐそこに感じられた。この浮遊感。ワクワク感。過去にも経験したことがある。そう思った瞬間、パタゴニアの大地を思い出した。このブログのトップ(?)にも使っている写真だ。一日中、地平線と巨大な空を眺めて走った。真っ青な空のすぐ向こうが宇宙だと思った。宇宙を近くに感じた。わけもなく楽しくなった。生きていることにウズウズした。
そのときの感覚に似ていたのだ。
金環が終わってからもずっと部分日食を楽しんだ。
なぜかチェーホフの『中二階のある部屋』などを読みながら、観測していたせいか、妙にトリップした。
作中のこんな言葉がしみ込んできて、いやに広がった。
「あらゆる人間の使命は精神活動に、殊に生活の真実と意味を絶えず探し求めることにある」
そういう活字に浸って、空を仰ぐように脳内の世界を広げては、双眼鏡をのぞく。
すぐそこで太陽と月が重なっている。手が届きそうなところに宇宙がある。嗚呼っ!これが喜びでなくてなんだらうっ!
(旅先でも、この“絶景前読書”をよくやった。感動が増幅するのだ。だって、景色だけ見ていても視覚はすぐに麻痺するから・笑)
僕的世界一の遺跡「ティカル」や、聖地「モニュメントバレー」を眺めていたときに感じた、“いまここにいて、これを見ていることの、爆発しそうな喜び”という至福と同種のものを全身で味わっていた。
考えてみると、あれだけ長い旅をしていて、その至福を抱いた経験というのはそう多くないのだ。
しみじみと「いいなあ」と感動するような喜びは無数にあったけど。
そう考えると、日食というのはすごいものだ。
旅などしなくても、その至福を感じる権利がみんなに与えられるのだから。
金環になったとき、僕の街でもあちこちで歓声が聞こえてきた。
次、日本で見られる金環は18年後だという(地域も北海道に限られるとか)。
もうちょっと頻繁にあったら、たとえば、地球上の全員に等しく、5年に1度ぐらいの割合で見られるようなものだったら、あるいは、争いは今より少なかったんじゃないかな……などと愚にもつかぬことまで思ってしまった。
昨日は沖縄が返還されて40周年。
40年前まで、沖縄に行くのにパスポートが必要だった、ということを、いまはどれぐらいの人が知っているのかな、とふと思った。
しかし返還されたとはいえ、いまだに土地の約2割がアメリカ軍の基地のまま。
NHKニュースではこんなアンケート結果が報告されていた。
沖縄に米軍基地があることがおかしいと思うか、という問いに対して、「はい」と答えた人が、
沖縄県以外の人 25%
沖縄県の人 57%
とのこと。
「25%だけなん!?」と驚愕した。
そのあと、「沖縄県の人も57%だけなのか…」と。
これは米軍基地と経済活動で関わっている人たちの数字の表れでもあるのか、あるいは…。
メシを食べながら観ていたので、アンケートの詳細はちょっとわからなかったのだけど。
いまから取材で出ます。
今回は能登!
ネットがつながっても相変わらず更新サボってますね。
すみません。
なんだかバタバタしています…。
うーむ。
とりあえず今日は日記的なものを。
昨日は『Free&Easy』という雑誌の取材を受けることになり、秩父のほうへ。同行者はカメラマン、ライター、編集者と、全部で4人。
3日前に編集者との打ち合わせで、「近郊で自転車旅行のイメージ写真を撮るのにいい場所は?」と聞かれ、ここを推したのでした。年末、埼玉を取材したときにいい場所があったんですよね。奥武蔵グリーンラインという道路で、重畳する山並みを眺めながら走れます。
この日はスケジュール的に早めに帰宅したかったので、早々に山をおりて、残りの撮影場所に直行してもらうつもりだったんですが、「関八州展望台」の案内板が見えた瞬間、「ああ、やっぱり観ていきますか?」と僕。
山道を徒歩で往復30分、展望台で休憩することを考えるとまあ1時間以上はロスになるわけで、最初は寄る気はなかったのですが、みなさんにあの眺めを観てもらいたいと急に思ったのでした。
で、行ってみると、やっぱりよかった。
ここ、超おススメですよ。
その名のとおり、関東平野から秩父連山、はては富士山まで、360度に近い角度でドーンと眺望が開けます。
こんなとこ(この写真は去年の12月に撮ったものですが)。
車で簡単にアクセスできて、簡単に天空にいる気分を味わえるとこです。
ただ、帰りには渋滞に巻き込まれ、結局帰宅したのは午後8時前でした。
明日から能登に取材に行く予定だったけど、とりやめに(苦笑)。
なんか集中力もあがらないので、晩飯を食べながら『アルマゲドン』などを観てしまいました。
初めて見たけど、なんだあのラストはー!
親父が死んでも恋人が生きて帰ってきたから幸せいっぱいの笑顔&キスって……。監督のマイケル・ベイはともかく、映画のスタッフやアメリカ人の観客はあれで違和感を覚えないんでしょうかね? 不思議だ…(こういうの多いけど)。
とうとうネットがつながった!
プロバイダのお姉さんから工事日を聞いたときは気が遠くなったけど、引っ越ししてネットなし状態だったこの10日あまりはアッという間に過ぎていった。それに、“つながっていない”日々はなんというか、せいせいした(笑)。旅先にいるような感覚といえばいいか。まったく、すごい世界になったものだ。常に“つながっている”のが当たり前なんてね。
ともあれ、軽バンで7往復というなかなかに大変な引っ越しを終え、それから毎日段ボールの山を少しずつ片づけつつ、文庫版『洗面器でヤギごはん』の第1回目の著者校正もなんとか終えたので(ゴール間近!)、ずっと観たかった映画、『アーティスト』を観にいった。
いや、スバラシかった!
涙ポロリ、からしだいに洪水となり、やがて“鎖骨ダム”に涙がたまって、最後はほとんど慟哭だった(実際1回しゃくりあげた)。
眉の動きや目つきだけですべてを伝える演技の巧緻さに、スタイリッシュな演出、0.1秒も無駄のない最高に心地よい編集、最少の文字数で最大の効果を発揮するよう磨き込まれたシナリオ、劇中の世界に包み込まれるような音楽、白黒でしか出せない繊細でシュールな美術、そして何より全編にあふれる映画愛と人間愛。いや、ほんとすごい映画です。
もちろん世の中に完璧なんてないだろうから、ケチをつけようと思ったらできるのだけど(特にある作品との類似点がどうしても気になった)、でも途中からはそんな無粋はよそう、映画の世界にどっぷり浸かろう、と思ってどっぷり浸かった。
で、観終って3日経つのだが、今でも映画を思い出すと温かい気持ちになる。幸せな気分になる。なんだかんだいっても、この”幸福感”に勝る映画の効用はないんじゃないだろうか。
僕は往年の名監督フランク・キャプラが大好きなのだが、彼の作品を思い出すなあ。
白黒でサイレント映画だから、と触手が動かない人もいるかもしれませんが、超おススメ! これこそ映画館で観るべき映画です。観れば僕がこう言っている意味もわかると思います。もうすぐ終わると思うから、未見の人はぜひ。
……いま読み返して、ちょっと怖くなったので、補足。ま、この映画は僕とチャンネルがたまたま合ったので号泣となりましたが、まったく泣けない人ももちろんたくさんいると思います。相性ですよ、相性。って、俺、どんだけビビリなんだ!